ページ

2017年2月20日月曜日

卒業式を控えて。

みなさん、少しながらも春を感じさせてくれるような日が何日かありましたがお元気でしたか。ぼくはまあ元気です。はい。

…

来週には卒業式だ。はえーもんだなと思う。色々と感傷に浸っている…。

思い返せば中学校を2年サボりゲームに励んでいたものの進路という現実を直視できず更に励み、FPSで鬱憤を晴らすというゴミみたいな生活をおくる中で提案されたのが今通っている学校だった。

目標が決まればまあなんとかなるもので、推薦入試を受けさせてくれるっつ-ことで必死になって小論文を勉強した。面接はできるわけがなかったので捨てて、とにかく小論文を書いたのだ。そしてそれを先生に出したら褒められた。ぼく、いけんじゃね?そう思って慢心していたのは今でも鮮明に思い出せる。結果落ちた。小論文はかけず、面接はしゃべれず。ちなみにココらへんのお話はクソニートの備忘録なるブログで語りに語りまくっているような覚えがあるのでミたい方は「クソニートの備忘録」で検索でもしてください。

その後一般入試で合格した。普通に学力テストも実施されていた。数学以外はそれなりに埋めれた。数学は白紙で出した。懐かしい。

面接官だった先生には今でも好印象を持っている。入学した後その先生の授業を受けたが本当にいい先生だった。しかし先生は僕が2年生になると同時に学校を去った。転任だ。懐かしい。泣いた。

入学直後は、たぶん、孤立していた気がする。だけど席が近かった人が話しかけてくれたおかげで、仲良くなった気がする。彼等と一緒に街へ出たりだとかした。しかし僕は話に入れず、なんとも言えない距離感のまま夏休みを迎えた。

夏休みの間、自転車を買ったわけだが多分、彼等と仲良くしたいがために自転車をねだった、そう考えている。彼等もスポーツサイクルに乗っていたのだ。
良い言い方をすると彼等のお陰で自転車が好きになったとも言える。

9月に入りまあそんな変わらない生活を送っていた。自転車を買ったというのに気づいた彼等は話しかけてはくれたがそんなにかわらなかった。

ことが変わったのは彼等のウチ1人が、いろんなことしてアウトになってからだった。ぼくがそのひとりの代わりに入り無事仲間入り。色々誘ってくれるようになったのだ。


話を書くのはこれで終わるがホント感謝してる。


良い学校だった。もし全日制に通えることになっていたとしても、多分僕はまた不登校になっていただろう。自由すぎる校風。何もかもが自由だった。入ってよかった。

今は大学入学の不安と、離れたくないという気持ちでいっぱいである。それほどまでに良かったのだ。この高校は。

ポエマーな、拙い、駄文を書いたがこれで最後。許してほしいっす。

2017年2月5日日曜日

雑記(ガチ雑記)

進路報告会なるものに抜擢されましたkawatiです。皆さん寒さが強まると言うかもう春を感じさせてくる感じですがいかがお過ごしですか?僕は最近サプリメントを飲み始めました。なんか気分を高揚させてくれるサプリメントらしいです。効果は実感できません。


さて、先述したように進路報告会なるものが来週、ある。クソである。クソ。大人数の生徒に向かってこれまで受験対策何をしてきたんかを発表するのだ。きつい。きつすぎる。つーか俺が受かった大学に落ちた生徒がいんのになーんでそんな発表させるのかわかんねー。卒業生は不参加でオッケー☆ならまだしも普通に参加しやがる。デリカシーの欠片もねえじゃねえか!!!!!以上愚痴。

これへの参加を打診されたのは2ヶ月ほど前。当時の僕としてはそんときの僕がなんとかするだろうと冬休み前ということもあり即答快諾。こいつ殺したさある。

更に追い打ちをかけるようにインフルエンザへの感染。これが1月終わりのことである。この間に他のかの会の参加者は原稿を完成させていたという。ファック。

インフルエンザ明けのぼくに催促がくる。「原稿完成した?」してないです。はい。
そんなぼくではあるが即座に家に帰った後原稿を完成させた。数多くの人間がぺちゃくちゃと喋るのだからそんなに長い原稿じゃなくてもいいじゃん?と僕はさくっとWordでテキトーに書いて印刷して提出した。

せんせー「他の人は2~3枚書いてる」

ぼく「」

卒業前だと言うのに何という仕打ち。なんという。度し難し。


そういうわけでぼくはいま書いている。2~3枚ぐらいになるように書いている。


かけない。


書けない。マジで。つれー。もう書けなさすぎてネタに走ってもよくね?とネタに走るもこれを全校生徒の前で読むのはまじーしまず先生による検閲があるじゃねーかと結局無駄な時間を過ごすというハメ。

は~~~~またインフルエンザかなんかで休めね~かな~~~ノロとかで


去年も似たようなことを言っていたようなきがする。これだから2月は…。

2017年1月25日水曜日

SSDとHDDを買ったことなど

皆様新年あけましておめでとうございます。2017年です。どう考えてもおかしいですよね。2007年が10年前ですよ。ポケモンダイパが10年前。ありえんてぃー。

さて僕の方はと言うと死んでた。正確に言うとインフルエンザ。6年ぶり。死ぬかと思うほどの熱。死ぬかと言うほどの悪寒。これがインフル…!おもいだしてしまったよね。

意地でも病院行かずに直したろ!と思ってたんだけど39度之熱がでてギブ。フラフラになりながらも病院に行きましたとさ。ちなみに18歳にして初めてのお一人病院です。

最後に内科行ったのマジで思い出せないぐらい病気にかからなかったのだ。




…




お年玉で懐が暖かかった僕はSSD換装を決意した。


理由:HDDがやばかったから。


まず買ったのが2014年。既に3年が経過しておりカリカリ音がひどいし何よりくっそ遅い。7200rpmのくせに遅い。買った当初はうわ…起動…はや…レベルだったのに今じゃゴミ。

次に海門を自作したときにチョイスしたこと。当時の僕の認識としてはSeagate >>> WD だった。東芝?日立?限りある予算(お年玉)で選べるわけがなかった。



というわけで注文したのがこちらのSSDとHDD。



SSDは取り敢えずAmazonのベストセラー選んどけ戦法。できりゃーIntelあたりの欲しかったけど予算の都合じょうこれ。TLCなのも予算の都合上。

HDDはHGST…日立…と思ってたんだけどこれWDに買収されてWDのブランドになってたんだね知らなかった私。

自作から離れているとこうなる。ちなみに現行CPUの名前すらわからん。チップセットすらわからん。




データ移行する図



もちろん開けるのも数年ぶりだったので埃がひどい。ドライブベイからHDDを引っこ抜く際に背面の部分もパカッとしたんだけど想像を絶した。ほこりまみれ。画像はない。汚さすぎるもん…。

エアダスターを買っておけばよかったと後悔するレベルだった。





…





移行する方法は必然的にクローン。これなら前回来たEaseUSのレビュー受けときゃよかったねっておもった。使ったのEaseUSだったし。


めっちゃ難航するだろうな~~と思ってたけど思ってたよりかんたんに終わった。1TB近く使ってたCドライブを500GBに要らないファイルをアンインストールしまくったりしたのが時間かかった(バカだったのでパーティションわけをしてなかった)


そんなこんなで移行完了。ベンチマークソフト使って数値を見て満足した。スクショはない。


エクインも7.9になってまんぞくでしたとさ。おしまいける。

2016年12月19日月曜日

続・4年後の君へ~単位、取得できてますか?~

寒さが身にしみてきましたね。ぼくは身どころか心も寒さにやられてしまいそうです。

どうも、kawatiです。皆さん風邪、ノロ、インフル、かかってませんか?僕はかかってません。
あ、あとわたくしごとですが、出来ればカップルどもがクリスマスに上記3種の病にかかって欲しい、そう思っています。


…


さて、さる先週、大学のオリエンテーションがあった。僕の心はドキドキ。新たな(女性との)出会い、先輩(女性)とのふれあい…、何故か年齢が若い先生か教授か助教授か准教授なのかわからないけどそういった人(女性)とのハプニング…。ドキドキだったね。そのせいか7時に起きればいいのに6時に起きちゃったりしちゃったね。


現・地・到・着


相変わらずのデカさ。これがぼくらや先輩らの学費で補われていると思うと憂鬱。ぼく、そういった銭勘定には敏いんだよね…。

周りを見ると制服制服制服私服制服私服私服私服スポーティ私服スポーティの割合。多分私服の一部とスポーティの格好が大学生でその他の私服と制服は高校生だったのだろう。いやまあ当然なんだけれど。

指定された部屋に行くと、そこには男子8:2女子の光景が広がっていた…。

さらに知り合いを探そうとあたりを見回すもいない。おかしい、一人ぐらいいるはずなのでは…。せめて学校の先輩でも…。そう思って周りを見渡しまくった。1人、なんかそれらしき人を見つけすれ違いざまに顔をガン見したが別人だった。僕の希望は消え去った。


絶望。2文字が僕の頭を覆う。ぼっちだ。死ぬ。


教壇になんかよくわからんが先生っぽい人(男性)が色々とくっちゃべってたが頭に入らなかった。それよかこのあとにある自己紹介のほうが大事だったのでずっとかんがえてた。もしかすると、もしかすると同じ学校の人、もしくは知り合いの名前がでてくるかもしれないからだ…



結果、誰一人としておらず。



唖然呆然。嘘だろ…。おかしいだろ…。WTF…。

ぼーっとしていたら弁当が配られた。昼食タイムだ。はっはー、これで交流を深めろってことね…。

無理。あ、無理。ぼくはもくもくと弁当を食べ続けていた。が、ハプニングが起こる。

箸を落としてしまったのだ。思いっきり土足の地面に。即座に拾い上げ、ティッシュをカバンからサーチしようとするも持ってきていないことが判明、絶体絶命。僕が選んだ選択肢とは!!!


後ろの人にティッシュを貸してくれと頼んだ。僕、名采配。これをきっかけに会話を弾ませようという魂胆。



全く続かず終わった。二言ぐらいの会話で終わり彼は同じ学校の人らと喋り始めた。



ああ、無情。茫然自失。弁当を平らげたあとスマホをおもっくそ使ってやったわゴミが。



その後も色々続いた。「友達を作れ」「友達を作れ」「作らないと勉強キツいぞ」

大人がこんなことを言っていたのを覚えている。やめてよ…。単位とれなくなっちゃう…。つらい…。

4年後ぼくは卒業できているのだろうか、既に不安でいっぱいだった。



全行程が終わり帰路に。途中絶望感の中あることをひらめく、絶望時にはタバコを吸って黄昏れるほかない。僕は一大決心をしそうになった。コンビニでタバコを買うという人生初の不良行為をすることを決心…できるわけがなかった。

根っからの善良少年にそんなことはできない。ぼくは諦めてコーラと生ハムとその他色々を買って自分を慰めることにした。

…

家に帰り着替えを済ましているととんでもないことに気づいた。社会の窓が開きっぱなしだった。

思い返せば僕が自己紹介している時女子からヒソヒソ声が聴こえていたようなきがする。僕の脳内では「うわ…、あの人めっちゃイケメンじゃない?」と聞こえていたのだが実際には「え…あの人チャック‥あいてない?」だったのかもしれない。

なんか…僕に対してだけ強く当たってないですかね‥ほんと…。

2016年12月12日月曜日

4年後の君へ

進撃の巨人を読み始めたのが2011年頃だった気がする。かれこれ5年6年経とうとしてるなか、進撃の巨人のタイトルの意味がようやく語られたということについて、感動をしている。

どうも、kawatiです。肌寒くなってきましたね。僕はまあ元気です。たぶん。

記事が試験の記事で終わっていることから「あっ…落ちたんだな…」と深読みされた方がいるかもしれない。受かった。
めちゃクソやらかしたのに合格できる当たり多分ぼくが入ろうとしていた学部はアレなのだろう。アレ。
そういうわけで入学まで悠々自適の生活を…送れないようである。大学へ、一度、こい。このような通知が届いたのは今から2週間ほど前のことだった…

…

合格したぜベイビーと浮かれに浮かれまくっていた僕は同じ大学を受験したという同級生に合否を聞きに行った。デリカシーなさすぎ。俺が受かっているなら彼も受かっているだろうという楽観的などアホな考えを持っていたのが全ての間違いだった。彼と一緒に入学後色々することを考えに考えまくっていた。大学行って知人がいないとかマジつれー。それが僕の本音。

聞いた。「落ちたんだよね。」聴こえたのはこの1文だった。血の気がサーッと。これほどまでにサーッと。とっさに謝った。もちろん謝った。彼は気にしなくていいよと。僕は自己嫌悪でその日一日中凹んだ。落ちるのは俺の方だったのだ…彼のほうが受かるべきだったのだ…入学してもおれひとりとかやめろよ…。うーん、自分本位の考え。ド屑なのがわかる。

そんな中帰宅すると大学からのお手紙が来ていた。「入学前に、親交を深めよう!」
僕はすぐさまこの現実から逃れるためにベッドに入り眠りについたわけです。

が、夢じゃなかったんですよね~。現実!残念!知人がいない中、大学に行き合格者オリエンテーション?ふざけんじゃねーよと。絶対一人で浮くやんと。僕のコミュ力、やばいんだってばと。「お昼は大学が負担します」どーせ学食だろ?????オレ一人で学食で???食べるの???


そういうわけで絶望している。今週だぞ今週…。頼みの綱の中学の時仲良かった人は別の大学に合格してるみたいだったし多分、終わった。最後の綱は学校の先輩ではあるが合否も定かではないので期待スべきではないだろうね!!!!

そんな絶望に浸るなか、更に辛い。アルバムの写真を選択しろと理不尽な強制選択。いや卒業するのは俺だけどさあ…もっとさあ…適任、いるでしょ?もう一人選ばれたほうの女子は俺を見るなりなんとも言えない顔するしさー。なんなの?おこだよおこ…

更にはなんか卒業生から在学生へ送る言葉とかいうそういうのにさ、出ることになってさ、俺さ、後輩との接点、ほとんどないんだよね。贈る言葉なんて無いんだよ!!!せいぜい頑張って卒業しろぐらいしかいえねえんだよ!!!!おい!!!!

上記の2点は断ることができたのだろう。常人であれば。悲しきかな僕は常人ではない。断れない。


はあああああああああああ!!!!!!!つれえなー!!!!!!ほんと!!!!!!!理不尽すぎるだろ!!!!!!

しかし4年後には更に理不尽という「社会」という場に出なければいけないらしい。はー、これが人の辛いところ。僕は犬になりたい。

2016年11月21日月曜日

大学入試総評

受験直後にこんな記事を書くのは非常にマズいとは思うがががが、こんなクソみてーな駄文ブログそうそう関係者が見ることなんてありえないだろうと高をくくって書くことにします。見てないですよね?見てないよな?頼むからな?以下そーひょー



某日。いきなり日にちをぼかすがしゃーない。さて某日、大学の入学試験を受けてきた。定時制高校生が何を言っとんねやと思われてる方もおるだろう。安心してください、Fランですよ。たぶん。Fの私、そして文系。役満。


さてそんなわけで僕は大学入試へと挑むことになった。もちろん推薦で。センター?一般?なんやそれうちしらん。

まあそういうわけで受けたわけです。試験内容は面接のみ。楽勝…なわけがない。受験当日までに朝早く(12時)に学校へ赴き面接の練習をしまくったがアルバイト経験なし、高校推薦入試の際面接で落とされた経験ありの僕は一向に上達する気配が見えなかった。

不安をめちゃクソ抱えたまま当日を迎えた。うちの学校には制服などないのでテキトーに買ったスーツに身を通しネクタイを締める。締めれない。いきなり窮地に立たされるがこの世の文明の利器を駆使しそれなりに結べた。鏡を見るとそこにはスーツが似合う大人系爽やかメガネ男子の姿が現れ…ない。現れたのは七五三の男の子かなというような風貌の男。似合わなさすぎて涙が出てしまった。

ガン見されまくってるような感じをしまくりながらもバスに乗り試験会場へと向かった。もちろんここまで心臓はバクバク。面接なんて高校入試以来だから仕方がなかったんですよねしゃーない。


…


指定された場所へと移動しドアを開けるとそこには制服に身を包んだ高校生が15人ほど。みんなぼくをがんみ。そりゃスーツだもんね。オレ一人だけ。気が滅入った。

みんなチョーキンチョーしててうけぴーなんて思うことで精神勝利法を実践するも僕の緊張は収まらず。ソワソワしながら待っているとお若い男女二人が入ってきて説明をしだした。


…


移動して更に待たされること10分、遂に面接室へとご案内。神は僕を見放したのか一番最初に入ることになった。えっ‥ぼくマナーとかほんまないんですけど?つーか集団で最初の人のみノックとかきちーんだけど?と思いながら歩いた。ドアの真ん前に来てノックをして入る。だがそのドアはこれまで開けまくっていたスライドドアではなく引き戸であった。

えっ、嘘やん。とノックをしてドアを押す。開かない。引く。開く。開けて一言「失礼します」。この時、右手はドアノブを掴んでしまっていた。あーもうだめだこれ。既にこの時点で敗戦を予想した。

みんながぞろぞろ入ってきたあと椅子の前に立つ。面接官がどーぞどーぞおすわりになってくださいとこれ面接なのかと思うような感じで言われたので椅子に座ってようやく一息をつく。しかし緊張はしたままであった。

試験官「それでは、えーまあこの志望動機書に書いてあるんですがね、志望動機をあなたからどーぞ」

キタコレ。僕はこう思った。これだけを集中して面接練習してきたのだ。神は見放してはいなかったなと思い発言をする。乾いた喉と口がひっついていたが無視。

ぼく「私は情報系のことをまなびたいと思っており、貴学を志望しました。きがくh」

試験官「はい(志望動機書を見ながら)じゃ、つぎのひとね」

神は見放していたらしい。志望動機と同じ内容をいきなり喋ったせいでこのぶつぎられをされたのだろうか。結果的には4人の回答の中で一番短い回答をしたという落ちるの確定フラグが立った。

次の質問はこうだった。「最近気になったニュースとかある?ニュース読んでるかな?まあトランプさんがさいしょにでてくるとは思うんですが~」

何一つ想定していなかったお題目が出た。しかも世間が湧きまくっているトランプ旋風のことを話すのを牽制された。

やべーな終わったわこれ。何回目かわからない左記の言葉を胸の内でつぶやきながらも、傾聴姿勢は大事だよねと回答している人の方を向く。必然的に隣りに座っていたメガネ男子をガン見する羽目になるが仕方がなかった。僕の他回答してる人の方を向いてはいなかった。多分これ、ダメだ。

そんなことをしていると僕の番が来た。「やはりトランプさんが大統領になったことですね」

完。フィナーレ。エンド。思いっきりトランプのことを言ってやった。もうやけっぱちである。ものっそい笑顔でこの1文だけを答えてやった。


その後のことは余り覚えていない。クラブに入っていないのにクラブで頑張ったことを聞かれたりしたのとあと数個質問されたのはぼんやりとは覚えている。





そういうわけでもう1年高校生ができそうです。やべー。

2016年11月4日金曜日

なんか意識高いことをしなければという思いに駆られKali linuxをAspire switch10でUSB起動させたお話

皆さん、いかがお過ごしですか。僕は今死にそうです。取り敢えず本題に入る前に近況をババっと行く。
志望理由書を書いた(間違いあり訂正せず提出)初めて銀行に一人で入った(もう18歳)初めて銀行で番号カードを取った(もう18(ry)初めて銀行振り込みした(もう(ry)初めて郵便局に入った(も(ry)初めて簡易書留で出した(m(ry)

以上。







なんか暇というかストレスが酷すぎたのでアマゾンでなんか注文しなきゃ…と買い物中毒感を匂わせる思いに苛まれたのでペルソナ5を諦め、色々と注文した。
これとか。ちなみに簡易VRゴーグル。




そんで買ったものの中にはUSBメモリが。狙いは、もはやサブモニタ、ワンセグTVと化したAspire switch10にLinuxを入れて遂に僕もLinuxマンだと悦に入ること。
こんなことになってるわけ。


ぶっちゃけた話Linux入れてもなんもしないわけだが。まあしゃーない。





選ばれたのはKali linuxでした。いやそのちょっと実はそのセキュリティ系にね?ちょっとハマっちゃったというかね?いやなんもわからないんだけどね?いやそこら辺はまあアレよ。

とりあえずUSBにisoファイルをLINUX LIVE Creatorなるソフトで焼いた。

その後は過去の過去、と言うか中1の頃にファルコンOSなるものをUSB起動させようと考えていたことを思い出しつつF2を連打しながらBIOSを起動する。

起動ドライブ指定する欄がないというかなんか全体的にグラフィカルな感じになっていた。なんかUEFIとかいうのらしい。たぶん。思いっきりBIOSって文字が書いてあるけど。



調べてF12キーを押して起動ドライブ選択っぽい画面に入るがUSBの文字なぞない。あるのはWindows boot managerという文字のみ。別のソフト(RuFus)でUSBにインストールしてみたがもう辛かったので一旦ここでやめた。


翌日Atom系はUEFIが32ビットでLinuxは対応云々というのを発見する。ほっほーとbootia32とか言うファイルをダウソしてにETF/BOOTに導入したりするも認識せず。は?という感じ。予想では即座にできると思ってたのになんかひどい。


その後色々調べたりしてWindows10の設定を開いて回復からUSBデバイスを選択して再起動したらGrubが遂に表示された。もう泣いた。




Windows入ってるドライブにインストされないよな?よな?と「Live」表記がない一番上のをビクビクしながら選択して起動した。結果的にはLiveだったのでセーフ。


性交。
こうしてみると安2in1でもMac並。




その後はpersistenceを設定して保存できる環境にしたり、Synergyインストールして別OS間でも同じマウスキーボード使うようにしたりした。

ただ内蔵のWifiがどーやっても使えんのでつらい。デバイスドライバをインストールしたいと色々と検索してやってみたんだけど無理。僕の知識がなさすぎるのが悪いわけか。


そんなこんなで遂に僕もLinux環境を手に入れた。何に使うかまったくもって考えてないが。




とりあえずやったことまとめ。メモがてら。


USBにRufusでKalilinuxをインストール。64ビットを選択。設定はGPTUEFIがどうのこうのを選択。フォーマットはFAT32?(せつめいになってない)

おもむろにUSBを開いてbootフォルダにあるeif.imgを7zipとかそんなので開く。

EFIフォルダをUSB直下へ移動。bootia32.efiを入れる。

bootフォルダを開いてgrubフォルダを開く。gruf.cfgを作成して中に


というかここ読めばだいたいできる。(ぶっ壊し)

https://forums.kali.org/showthread.php?23986-Kali-UEFI-Installation-on-ASUS-T100T&p=58732&viewfull=1#post58732