ページ

2015年11月19日木曜日

自分はコミュニケーション障害なのではないだろうか。

ではないだろうかと書いたが自覚があるような気がしなくもない。例えば初対面の人と会話なんて殆どできない。向こうから話しかけてもらってようやく一言二言返事ができるぐらいである。キャッチボールができていない丸わかり。つらい。
更には初対面じゃない人との会話もアレだ。学校生活ではこっちから話しかけるようなことは殆ど無いような気がする。向こうから話しかけてもらってようやく会話ができるのだ。キャッチボールをしているかどうかは定かではないが。そこら辺を考えたら心身の苦痛が伴うので辞めたい。
自分の言動を振り返ってみると同じようなことしか発していないような感じがするというか実際そうだ。死ね、もうマジうざい、何なんお前、いやつれー、etcetc。あと笑顔。端から見たら不気味すぎないだろうか。死にたくなってきた。


人見知りの気は幼少の頃からあったような気がする。しかし小学生になるとそんなのはなかったようなあったような。ただ習っていた野球チームでは非常に物静かであった。なぜであろうか。今でも不思議である。同級生とはアホみたいに騒いでいたのになぜだろう。
中学校でも人見知り云々はそんなになかったような気がする。ただ小学校の友人が他校だった人と会話しているのになかなか入れなかったのを覚えている。
よく考えれば中2になり不登校の原因になったのはクラス替え後、クラスで特に仲が良いという人物がいなかったからではないだろうか。中1のころは昼休み中は毎日楽しげに人としゃべっていたり遊んでいたが中2になったら一人で過ごすようなことが多くなった気がする。ただ教室にいるのもいたたまれなかったので校舎を延々と回っていたのを今でも覚えている。
そして追い打ちをかけるように空白の2年間。これがまずかったと思う。だって家族以外と話してなかったんだもん。
高校に入り友人っぽいものが出来たのが本当に奇跡である。僕を拾ってくれたようなもので彼らには一応は感謝している。一応は。


こう考えると自分のコミュ能力は著しく低く彼女が出来ないのもうなずける話であった。どうにかしてコミュニケーション能力を上げたいがどうしようもない。訓練と称したナンパでも行えば良いのだろうか。どもり、テンパり、変な目で見られるのがオチのような気がするがやるべきなのだろう。そう、決心するが明日の朝にはこの決意は消え去っているのを思うと儚く感じるね。goodだね。グッドじゃない。BAD。どうするべきなんだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿